東京地方裁判所 昭和43年(ワ)1636号 判決 1970年11月27日
原告 丸松産業株式会社
右代表者代表取締役 松宮一郎
右訴訟代理人弁護士 金田哲之
被告 馬越誉美
右訴訟代理人弁護士 重山亨
同 菅谷哲浩
同 田賀秀一
主文
被告は原告に対し、別紙物件目録第一記載の建物を収去して同目録第二記載の土地を明渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求める。
第二請求の趣旨に対する答弁
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」
との判決を求める。
第三請求の原因
一 原告は別紙物件目録第二記載の土地(以下本件土地という。)を所有している。
二 被告は本件土地上に別紙物件目録第一記載の建物(以下本件建物という。)を所有し、以って本件土地を占有している。
三 よって原告は被告に対し、所有権に基づき本件建物の収去並びに本件土地の明渡しを求める。
第四請求の原因に対する答弁
請求原因一、二の事実は認める。
第五抗弁
一 被告は本件土地の賃借権を有する。即ち、
1 本件土地、建物は元訴外細貝忠三郎の所有であったが、被告の妻訴外馬越文子は、昭和二八年一一月二〇日忠三郎に対し、弁済期を同二九年一一月一九日と定め金三〇〇、〇〇〇円を貸し付け、同債権を担保するため忠三郎との間に本件建物を目的として抵当権設定契約並びに弁済期に債務を履行しないときは貸主の一方的意思表示により同建物を債務の履行に代えて貸主に譲渡する旨の代物弁済予約を締結し、同二八年一一月二四日右契約に基いて本件建物につき抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全仮登記を経由した。
その後被告は文子より右債権およびこれに附随する一切の権利を譲り受けた。
2 しかし、忠三郎が弁済期に借受金の返済をしないので、被告は昭和三一年三月一四日忠三郎に対し前記代物弁済予約に基づき予約完結の意思表示をし、本件建物の所有権を取得した。
3 そして、被告は右同日代物弁済を原因として本件建物の所有権移転登記を経由した。
これより先、本件土地は昭和二九年八月一三日忠三郎から同人の妻細貝ツギに譲渡され、ツギのため所有権移転登記がなされた。
4 被告と忠三郎との間には、建物が被告の所有に帰したときはその敷地を被告に対し期間を二〇年として賃貸する旨の合意があった。
5 右の明示的な合意が認められないとしても、建物とその敷地たる土地が同一所有者に属しており、その建物について抵当権を設定し更に代物弁済の予約ある場合は、建物の取得者は当然に敷地の使用をなし得る合意をなしているとみるべきで、その使用権は法律的には賃借権であり、期間は借地法第二条第二項により二〇年と解すべきである。
よって被告は本件建物を所有するに至った昭和三一年三月一四日本件土地賃借権を取得した。
6 なお、細貝ツギは昭和三三年被告に対し、本件土地の所有権に基づいて本件建物収去土地明渡請求の訴えを豊島簡易裁判所に提起した(同裁判所昭和三三年(ハ)第八三号)が、昭和三八年八月二〇日被告の賃借権の抗弁を認めて請求棄却の判決が言渡され、右判決は同年九月二一日確定した(口頭弁論終結時は昭和三八年六月二八日)。
そして、本件土地の所有権は、昭和三四年四月一八日訴外筒井方子に、ついで同三九年五月一日訴外今枝茂に、さらに同四〇年五月七日原告に移転されたのである。
二 右主張が認められなくても、右一の1ないし3の事実から、被告は昭和三一年三月一四日本件土地に対し法定地上権を取得した。
第六抗弁に対する認否
抗弁一の1、3、6の事実は認めるが、同2の事実は不知、その余の事実および抗弁二の事実は否認する。
第七再抗弁
一 仮りに被告が昭和三一年三月一四日忠三郎に対して代物弁済予約完結の意思表示をしたとしても、
1 忠三郎は昭和二九年八月一三日ツギに対し本件建物の所有権を移転し、その旨の登記がなされていた。
2 したがって忠三郎は予約完結の意思表示を受ける適法な義務者ではない。
二 仮に被告が借地権を有するとしても、
1 本件建物は昭和四二年一一月一日現在で朽廃したので、被告の本件土地借地権は消滅した。即ち、
本件建物は昭和四二年一一月一日で建築以来既に五五年は経過しており、土台、柱の根本は全く腐蝕して木材の本質が失なわれており、全体的に腐蝕弱体化し、わずかな衝撃によっても倒壊する虞があって社会的にも危険であり、修繕することすら不可能な状態であったから朽廃したものである。
2 被告は、借地権につき地代の取りきめ手続もなさず、また本件建物の修繕もせずに荒廃にまかせ、昭和三一年三月一四日本件建物の所有権取得以来同四二年二月二四日(被告の一方的な賃料供託の日)までの長年月の間自ら借地権の擁護をなさなかったものであるから、失効の原則により借地権は失効した。
第八再抗弁に対する認否
再抗弁の一1の事実は認めるが、その余の事実はすべて否認する。本件建物は増築部分が部分的に腐蝕しているに過ぎない。
第九証拠≪省略≫
理由
一 請求原因事実については当事者間に争いがない。
二 そこで被告の抗弁について判断する。
抗弁一の1、3の事実は原告の認めるところであり、≪証拠省略≫によれば、抗弁一の2の事実を認めることができる。
なお原告は、昭和二九年八月一三日細貝忠三郎から細貝ツギに対して本件建物の所有権が移転し、その旨の登記がなされたから、忠三郎は予約完結の意思表示を受ける適法な相手方でない、と争うが、代物弁済予約完結の意思表示は、たとえ仮登記後に不動産の所有権が第三者に移転したときでも、当初の予約の当事者に対してなされることを要すると解するのが相当である(最高裁判所昭和四四年一〇月一六日判決参照)。
したがって、被告の予約完結の意思表示は正当になされたのであって、原告の再抗弁一は理由がない(原告は、本件建物が被告の所有であることを請求原因として自陳しているのであるから、その取得原因事実を争うのは珍奇であるが、所有権取得の態様が本件土地の使用権原発生の有無に関係する。)。
しかし、抗弁一の4の事実については、そのような明示の合意がなされたことを認めるに足る証拠はない。
抗弁一の6については当事者間に争いがない。したがって、細貝ツギの被告に対する本件土地明渡訴訟につき、被告の賃借権の抗弁が認められて、ツギ敗訴の判決が確定しているのであるが、その口頭弁論終結時前に本件土地の所有権は訴外筒井方子に移転しているのであるから、その後の特定承継人である原告は右確定判決の既判力を受けるものではない。
ところで、土地とその地上建物が同一所有者に属する場合に、建物についてのみ抵当権の設定されると共に代物弁済の予約がなされ、予約完結権が行使されて建物の所有権が債権者に移転したとき、建物の敷地について何らかの使用権が設定されたことになるかどうかに関しては、特段の事情がない限り敷地使用権設定の合意があったものと解するのが相当であるとして当事者の意思を推定し、使用貸借または賃貸借契約の成立を認める立場と、代物弁済予約の担保権としての実質をとらえ、民法第三八八条を類推適用して法定地上権の成立を認める立場とがある。
思うに、抵当権設定と同時になされる代物弁済予約が抵当直流の特約と同一の機能を有する点に着眼するとき、予約完結権の行使は抵当権の実行と実質的には異らないから、民法第三八八条を類推適用して、法定地上権が成立すると解するのが相当である。そのように解しても、担保権の実現という結果から見れば当事者の合理的な予期に反することにはならないし、明示の意思表示もないのに当事者の意思を推測して何らかの契約の成立を認めることは、ある程度現実の使用関係が存在しない限り、具体的内容においてその後の法律関係を不明確にする結果となる。
法定地上権成立のためには、抵当権設定時に土地と地上建物の所有者が同一であれば足り、その後に所有者を異にするに至っても成立を妨げないから、本件においても被告が代物弁済予約完結の意思表示をして本件建物の所有権を取得した昭和三一年三月一四日本件土地について地上権が設定されたものとみなされるわけである。そしてその存続期間は借地法第二条第一項により三〇年となる。
したがって被告の抗弁二は理由がある。
三 次に再抗弁中本件建物が昭和四二年一一月一日現在で朽廃したかとの点につき判断する。
≪証拠省略≫によれば、本件建物は明治末期に新築されたものであって、昭和四四年三月一日(鑑定時)現在において基礎は地中にし埋没、各所に不同沈下を起しており、土台、柱の根元は全く腐蝕して木材の本質が失なわれ、床組は雨漏の激しい所は腐れ落ち、その他の場所も腐蝕して歩行に危険であること、軒桁小屋組等も黒褐色に変化腐朽し各所に破損脱落の箇所ができていること、屋根については日本瓦葺の部分は下地の腐蝕に伴い葺足が乱れずれて破損し、鉄板葺の部分は赤く錆腐れて破損漏水し、全般的に雨漏りが激しい状態であること、更に建物の内部外部とも破損脱落の箇所多く、空家として風雨にさらされ荒れるにまかされた状態で、腐朽の極限に至っているため修理によって建物本来の効用を回復することは不可能であることが認められ、以上の状態から昭和四二年一一月一日現在においても全般的にはすでに鑑定時の状態に達していたものと認定できる。
≪証拠省略≫によれば、被告はその後昭和四五年になってから約九〇、〇〇〇円を費して本件建物を補修し外観を美化したことが認められるが、前示鑑定の結果に照し、建物本来の効用を回復したものとは認められない。)。
なお、被告本人尋問の結果並びに以上認定事実および弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和四〇年ごろから居住者のないまま本件建物を荒れるにまかせ、同四五年に右補修をするまで何らの保存行為もせず、一方貸金担保の建物を取得しながらそれを利用しまたは処分して債権の満足をはかることもなく、徒らに建物本来の効用を低下させて顧みることがなかったことを認めることができる。
建物保護の一連の立法は、経済的弱者を保護し、宅地利用関係を安定させて建物の効用を十分に発揮させ、社会経済生活の基礎を確立しようとするものであるから、その観点から判断しても、本件建物はもはや社会的効用を失ったものといってよい。
以上認定のとおり、本件建物は昭和四二年一一月一日において朽廃したものと認められ、被告の本件土地に対する借地権は右同日消滅した。
したがって原告の再抗弁二の1は理由がある。
四 よってその余の点につき判断するまでもなく、原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行の宣言の申立については相当でないと認めてこれを却下し、主文のとおり判決する。
(裁判官 堀口武彦)